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福岡地方裁判所小倉支部 昭和51年(ワ)55号 判決

原告

大崎輝江

ほか二名

被告

中川正敏

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告大崎輝江に対し金二一八万三、〇六六円、原告大崎利美に対し金二一八万三、〇六六円、原告大崎正子に対し金二一八万三、〇六六円及び右各金員に対する昭和四八年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の各請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(原告ら)

1 被告らは、各自、原告大崎輝江に対し金六三〇万七、〇〇九円、原告大崎利美に対し金六三〇万七、〇〇九円、原告大崎正子に対し金六三〇万七、〇〇九円及び右各金員に対する昭和四八年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 第一項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(原告ら)

(一) 事故の発生

訴外大崎満(以下亡満という。)は次の交通事故(以下本件事故という。)により死亡した。

1 発生年月日 昭和四八年一一月一九日午後六時一〇分ころ

2 発生場所 三重県四日市市貝塚町スターレーン東交差点

3 加害車 (1) 被告中川正敏(以下被告中川という。)が保有する普通乗用自動車(以下中川車という。)

(2) 被告新栄建材有限会社(以下被告会社という。)保有の小型貨物自動車(以下黒木車という。)

4 運転者 (1) 右3の(1)の中川車は被告中川

(2) 右3の(2)の黒木車は訴外黒木光男(以下訴外黒木という。)

5 被害者 亡満

6 事故の態様

津方面から名古屋方面に向け直進中の黒木車と、名古屋方面から鈴鹿市方面に向け右折中の中川車が衝突した。

7 被害者亡満の死亡

亡満(当時四一歳)は、右黒木車に同乗していたものであるが、右事故により右頭頂部擦過創、前額部切創、右胸部挫傷、右第八肋骨骨折等の傷害を負い、右受傷によるストレスが胃潰瘍を発病させて、消化管出血により事故三日後の一一月二二日午前九時ころ急性失血死した。

(二) 責任原因

1 被告中川は前記3の(1)の加害車である中川車を保有して自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任がある。

2 被告会社は前記3の(2)の加害車である黒木車を保有し、かつ業務用に使用して自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任がある。

(三) 損害

本件事故による損害は次のとおりである。

1 葬儀費用 金三〇万円

2 逸失利益 金一一七二万一、〇二八円

亡満は本件事故発生当時四一歳で、被告会社に勤務し、一ケ月平均九万〇、〇二五円の収入を得ており、六五歳までの就労可能年数二四年、生活費三割を控除し、ホフマン係数一五・四九九七であるから、中間利息を控除して、次の算式によりその得べかりし利益を計算すると一一七二万一、〇二八円となる。

90,025円×12×0.7×15.4997=11,721,028円

3 慰藉料(亡満) 六〇〇万円

以上1、2、3の損害合計一八〇二万一、〇二八円

4 賠償請求権の相続

原告大崎輝江(以下原告輝江という。)は亡満の妻であり、原告大崎利美(以下原告利美という。)と原告大崎正子(以下原告正子という。)は亡満の子であり、亡満の相続人の全部であり、原告らは亡満が本件事故により蒙つた損害一八〇二万一、〇二八円について各三分の一(六〇〇万七、〇〇九円)ずつ相続した。

5 弁護士費用 九〇万円

原告らは止むを得ず弁護士に本訴提起と追行を依頼し、弁護士費用として原告各自三〇万円の報酬を支払うことを約束した。

(四) 結論

前記(三)の4の原告各自の請求金額六〇〇万七、〇〇九円に前記(三)の5の原告各自の弁護士費用三〇万円を加えると、被告らに対する原告各自の請求額は六三〇万七、〇〇九円となる。

よつて原告らは被告らに対し、被告らは各自、原告輝江に対し金六三〇万七、〇〇九円、原告利美に対し金六三〇万七、〇〇九円、原告正子に対し金六三〇万七、〇〇九円及び右各金員に対する昭和四八年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する答弁

(一)  被告中川

請求原因(一)項の1ないし6は認める。但し、6のうち黒木車が直進中であつたことは不知。(一)項の7のうち、亡満が黒木車に同乗していたこと、受傷をしたこと及び死亡したことは認め、その余は否認する。

請求原因(二)項の1は認める。

請求原因(三)項の1ないし3は争う。(三)項の4は不知。(三)項の5は認める。

(二)  被告会社

請求原因(一)項の1、2、3の(2)、4の(2)、5、6は認める。(一)項の7のうち、亡満(当時四一歳)が黒木車に同乗していたこと及び本件事故の三日後の一一月二二日午前九時ころ死亡したことは認める。(一)項のその余の部分はすべて否認する。

請求原因(二)項の2は認める。

請求原因(三)項の1ないし3のうち、亡満が当時四一歳で被告会社に勤務していたことは認めその余は否認する。(三)項の4のうち、原告輝江が亡満の妻であり、原告利美と原告正子が亡満の子であることは認めるがその余は否認する。(三)項の5は否認する。

三  被告会社の主張

(一)  被告会社は本件事故に関し無過失である。

本件事故の原因はすべて被告中川が直進車優先の交通法規を無視して対向車両の有無等進路の安全を確認しないで右折進行した業務上の過失行為に基因するものであつて、被告会社及び被告会社の運転手訴外黒木は無過失であり、むしろ被害者である。

(二)  本件事故による亡満の受傷と同人の死亡との間に因果関係は存在しない。

1 本件事故当時黒木車には訴外黒木と亡満のほか一名が乗車していたが、三名共負傷し直ちに山中病院にて応急の手当を受け、三名共元気で帰宅した。

2 右山中病院の医師山中四郎は、ストレス(外傷も含めて一般的にストレスと称されるもの。)が消化管の潰瘍を増悪させる場合があるとする立場をとる説もあるが、本件の場合外傷が極く軽度であり、かつ受傷より直接死因病の発生までの間、特に自覚症状においても全身状態の上においても、消化管の潰瘍を増悪させるストレスになつたと考えられる確証はなく、病理学的検索もかかるストレス学説を念頭においても積極的に外傷と直接死因病との関係を証明するに足る十分な証拠はない、と判断している。

3 亡満の死体を解剖した三重大学副手中林洋は、死因は消化管大量出血による急性失血死である。この病例の問題点は、受傷と死因とが明らかに結びつかないことである。受傷によるストレス潰瘍という、いわば憶測が入らなければ因果関係がなりたたない、しかも肝硬変症(恐らくは非代障性と思われる)という疾患が存している、と判定している。

4 亡満は被告会社入社(昭和四八年七月)以前から重篤な肝硬変症を有していながら多量の飲酒を続けていた。従つて、亡満の死因である消化管大量出血は肝硬変症と過剰のアルコール摂取に基因するものと認めるのが相当であり、本件事故による受傷との間に因果関係はない。

四  被告会社の主張に対する答弁

(原告ら)

被告会社の主張は否認する。

被告会社は、本件事故と亡満の死亡との間に因果関係がない旨主張するが、亡満は死亡するまで元気に毎日勤務しており全くの健康体であつたものと思われ、本件事故によるストレスが潰瘍発生の誘因となつたものと解するのが合理的である。さらには、少く共本件事故にあわなかつたなら亡満は前記日時に死亡していなかつた筈であるから、本件事故と亡満の死亡との間には因果関係が存在すると認定すべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

(一)  被告中川と原告らとの間においては、請求原因(一)項の1ないし6(但し6のうち、黒木車が直進中であつたことを除く。)及び(一)項の7のうち、亡満が黒木車に同乗していたことと死亡したことは争いがなく、被告会社と原告らとの間においては、請求原因(一)項の1、2、3の(2)、4の(2)、5、6及び(一)項の7のうち、亡満(当時四一歳)が黒木車に同乗していたことと、本件事故の三日後の昭和四八年一一月二二日午前九時ころ死亡したことは争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第五号証の一、第五号証の三、甲第六号証の一ないし六、第七号証の一ないし四、第九号証、第一一号証、第一四号証、乙第一号証によれば、訴外黒木は亡満ほか一名を乗せた黒木車を運転して鈴鹿方面から北進して本件交差点にさしかかつたところ、対面する信号が青になつたため加速して時速約七〇キロメートル(本件道路の制限速度は六〇キロメートル毎時)で名古屋方面に向けそのまま本件交差点を直進した。一方被告中川は中川車を運転して名古屋方面から鈴鹿方面へ向けて南進して本件交差点にさしかかつたが、直進して来る黒木車より自己が先に右折できるものと思い、直進車との安全を十分に確認しないで、本件交差点で国道二三号線に向けて時速約二〇キロメートルで右折を開始したところ、本件交差点内において両車が衝突して本件事故が発生した。

(三)  成立に争いのない甲第三号証の二、第一二号証、被告中川と原告らとの間においては成立に争いがなく、被告会社と原告らとの間においては弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第一五号証及び証人中林洋の証言によると、亡満は本件事故で右頭頂部擦過傷、前額部切創(三ケ所)、右胸壁挫傷(直径一〇センチメートル・第五―一〇肋骨にわたる。)、右第八肋骨骨折、右小指擦過傷等の傷害を負つた事実が認められる。

二  責任

被告中川と原告らとの間においては、被告中川が中川車を保有して自己のために運行の用に供していたことは争いがなく、被告会社と原告らとの間においては、被告会社が黒木車を保有し、かつ業務用に使用して自己のために運行の用に供していたことは争いがない。

被告会社は、被告会社と訴外黒木には過失はない旨主張するが、前記の如く、訴外黒木は制限速度六〇キロメートル毎時のところを一〇キロメートル超過する時速約七〇キロメートルの速度で本件交差点を進行し、加えて、成立に争いのない甲第六号証の一ないし六、第七号証の四によれば、訴外黒木は本件交差点内で中川車と一一・五メートルの距離に至つて始めて中川車を発見していることからみて、前方注視の措置も十分でなかつたことが認められ、訴外黒木に過失がなく、被告会社もまた過失がないとする被告会社の主張は採用できない。

そうすると、被告中川も被告会社も、それぞれ自賠法三条により、本件事故による後記損害を賠償すべき義務がある。

三  損害

成立に争いのない甲第二号証、第三号証の一、二、第六号証の一ないし六、第七号証の一ないし四、第九号証、第一一号証、第一二号証、被告中川と原告らの間においては成立に争いがなく、被告会社と原告らの間においては弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第一五号証(病理解剖報告書)、証人中林洋の証言及び原告大崎輝江本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる(但し右各証拠のうち後記認定事実に反する各部分は採用しない。)。

亡満は本件事故によつて傷害を受けたため、事故日に山中胃腸病院に運ばれ、外傷の処置と投薬を受けた。当初の同病院での診断は、頭部打撲及び挫創、右小指擦過傷、頸部捻挫、右病名のため全治一週間の治療を要する、となつており、この時点では右第八肋骨骨折は発見されておらず、これに対する処置はなされていない。亡満は事故日はそのまま家庭に帰り、翌二〇日とその次の二一日は会社の仕事を休んで同病院に通院した。その翌二二日午前二時ころ、便所において突然下血があり、その後徐徐に意識が不明瞭となり、同病院に運び込まれたが、昭和四八年一一月二二日午前九時に同病院で死亡した。死亡後約三時間四〇分後に遺体は解剖に付された。解剖の結果によると、亡満は肝硬変症であつたこと、胃潰瘍があつたこと、右第八肋骨骨折があつたこと等が判明し、直接死因は消化管大量出血による出血死と考えられるとされており、出血の部位は噴門部胃潰瘍が最も疑わしいとされている。

そこで亡満の本件事故による受傷と死亡との因果関係であるが、前記病理解剖報告書によると、肝硬変症の患者は胃潰瘍を合併し易く、また消化管出血を起し易いこと、しかし本件では胃潰瘍が発生しなければ出血死はあり得なかつたであろうこと、胃潰瘍は交通事故等によるいわゆるストレスによつてもなり得る可能性があること、本件の胃潰瘍は噴門部前壁大彎側よりの潰瘍であるが、これは消化性潰瘍の発生部位としては非常に稀であり、むしろストレス潰瘍の方が理解し易いこと、さらに本件胃潰瘍の発生時期が本件事故による受傷時と一致していること、などが認められ、また証人中林洋の証言によれば、本件事故による受傷による外傷、そういつたものが胃潰瘍発生の引金を引いた気がする旨の供述をしている。

前記病理解剖報告書によると、亡満は本件事故で、頭頂部に三×一・二センチメートルの擦過傷、右眼窩上縁より上方に直径約二・五センチメートルの打撲傷、左眼窩上縁より上方に三針縫合する長さ約二・五センチメートルの割創、前額部中央よりに長さ〇・七センチメートルの切創、左割創の上方に長さ約一センチメートルの裂創、右胸壁に第五ないし第一〇肋骨にわたる壁側肋膜下出血斑と、この出血斑のほぼ中央部で右第八肋骨が骨折し、出血は筋肉、皮下軟部組織に及んでいる等の傷害を負つていることが認められる。身体諸内臓の頑健な者とその虚弱で疾患のある者が、衝突等による同一条件で同一の衝撃を受けたとすれば、虚弱な者がより強い影響を受けるであろうことは容易に考えられることであり、前記の受傷程度からみて、亡満が本件事故により肉体的にも精神的にも相当強度の衝撃を受けたであろうことは想像するに難くなく、決して軽度の傷害であるとすることはできない。

第二の三の被告会社の主張(二)の3の事実については、前記甲第三号証の二、前記病理解剖報告書にもその旨の記載が、また証人中林洋の証言の中にもその旨の証言があるが、しかし前記甲第三号証の二及び前記病理解剖報告書も、また証人中林洋の証言も同時に受傷によるストレス潰瘍の可能性を否定してはいないのであつて、中林証人の証言は前記のとおりであり、前記病理解剖報告書は、その末尾において、本件交通事故との関係について、本件交通事故による受傷が死因に影響を及ぼした可能性の度合は決して低くないものといえる、と結んでおり、また甲第三号証の二も受傷によるストレスが潰瘍発生の誘因となつた可能性は否定できない、と述べていることが認められるのである。

以上を総合して考察すれば、亡満は本件交通事故による受傷が誘因の一つとなつて、本来同人が有していた他の疾患による誘因と競合して死の結果を惹起するに至つたと認めるのが相当であり、人体に傷害を与えれば、これが原因となつて他の器官に影響を及ぼし、死の結果を生ずることがあることは一般に予測されることであるから、亡満の本件事故による受傷と死亡との間には間接的な因果関係が存在するといわねばならない。しかしながら亡満の死が本件事故による受傷のみによつて惹起されたとの証明はなく、その寄与度は亡満が本来有していた疾患の要素の方がより大であると解されるので、この点を考慮し、後記逸失利益及び葬儀費用の損害については、その三割をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

なお、乙第五号証、第六号証、丙第一号証、第二号証によると、第二の三の被告会社の主張(二)の2で主張する事実に沿うような証拠が認められる。しかし、右乙第五号証、丙第一号証は訴外山中四郎が自賠責保険調査事務所長宛に出した回答書であるが、同人は亡満を解剖した者ではなく、同人よりは亡満を直接解剖執刀した三重大学医学部副手中林洋及びその解剖を肉眼で直接に検閲した同大学教授武田進作成の前記病理解剖報告書、甲第三号証の二、証人中林洋の証言等がより信頼度が高いと解されるので、右乙第五号証、丙第一号証及びこれらを前提とする乙第六号証、丙第二号証はいずれも採用できない。また、亡満が多量の飲酒を続けていたとの事実については被告会社代表者の供述中には右事実に沿うような部分があるが、右部分は採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そこで以下損害額について検討する(計算はすべて円未満切捨。)。

(一)  逸失利益

被告会社と原告らとの間においては亡満が死亡当時四一歳であつて被告会社に勤務していたことは争いがない。

成立に争いのない甲第二号証、第四号証によれば、亡満は死亡当時四一歳であり、被告会社に勤務して一ケ月平均九万〇、〇二五円の収入を得ていたことが認められる。そうすると亡満の年間収入は一〇八万〇、三〇〇円と認められるが、生活費は右収入の三割と認めるのが相当であるから、これを控除すると年間収入は七五万六、二一〇円となる。

なお、原告らは亡満の就労可能年数を六五歳までの二四年間としているが、前記の如く、亡満は肝硬変症の疾患があり、証人中林洋の証言によると、亡満程度の患者の死亡率は三年間で五〇パーセントであることが認められ、二四年間とすることは無理であるが、しかしながら、右の他の五〇パーセントはなお生存する可能性があること、また三年毎に二分の一ずつ生存者が減ずるとすれば最後の生存者が生存するのは一八年後となるわけであるなどを考えると、亡満の就労可能年数は一八年とするのが相当である。そこで就労可能年数一八年間の純利益額からホフマン式計算法(係数一二・六〇三二)により、年五分の割合による中間利息を控除すると、本件事故当時の現価は九五三万〇、六六五円となるから、その三割にあたる二八五万九、一九九円が亡満の逸失利益となる。

(二)  慰藉料

亡満の本件事故による慰藉料は、諸般の事情を考慮して、金三〇〇万円が相当である。

(三)  賠償請求権の相続

被告会社と原告らとの間においては、原告輝江が亡満の妻であり、原告利美と原告正子が亡満の子であることは争いがない。

原告大崎輝江本人尋問の結果によれば原告輝江は亡満の妻であり、原告利美と原告正子は亡満の子であり、亡満の相続人の全部であると認められるから、原告らは各自その相続分に応じて前記三の(一)、(二)の亡満の損害合計五八五万九、一九九円を相続により取得したこととなり、原告ら主張の相続分に応じた原告ら各自の取得額は一九五万三、〇六六円となる。

(四)  葬儀費用

原告大崎輝江本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告ら(生活保護費受給者)は亡満の葬儀費用として、その費用として相当と認められる三〇万円を支出したことが認められる。

なお、原告らは右葬儀費用三〇万円を亡満の損害として請求しているが、右は原告らの損害とみるべきであり、原告らは相続により右損害の取得を主張しているので、これを原告ら自身の損害として主張しているものと解し、右葬儀費用三〇万円は原告らの損害として算定し、その三割は九万円であるから、原告各自三万円が、被告らに請求し得べき葬儀費用の損害というべきである。

(五)  弁護士費用

被告中川と原告らとの間においては原告らが本件訴訟の提起と追行を弁護人に委任し、弁護士費用として原告各自三〇万円を支払うことを約したことは争いがなく、本件記録によれば原告らが本件訴訟の提起追行を弁護人に委任したことは明らかである。本件事案の内容、訴訟経過、認容額等諸般の事情に鑑みると、被告らに請求し得べき弁護士費用としては原告各自二〇万円が相当である。

四  結論

以上の次第であつて、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告輝江が二一八万三、〇六六円、原告利美が二一八万三、〇六六円、原告正子が二一八万三、〇六六円及び右各金員に対する昭和四八年一一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告らに対するその余の請求は失当としていずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤敏夫)

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